特集ワイド:ベビーシッター事件、真の問題点とは 深刻な子育て事情、3人に聞く
26歳のベビーシッターの男に預けられた男の子(2)が遺体で見つかった事件に関連して、「ベビーシッターは事前に面接を」「値段の安さより信頼性を重視して」など“対策”が盛んに語られる。しかし、待機児童、貧困、足りない子育て支援策……現実はもっと深刻だ。シングルの子育て事情に詳しい3人に聞いた。【田村彰子、小国綾子】
◇24時間保育だけでは解決しない−−大阪子どもの貧困アクショングループ代表・徳丸ゆき子さん
大阪市西区で母親が当時3歳と1歳の子どもを50日間放置し、餓死させた2010年の事件などを受けて、子どもを支援する団体を設立した。活動を始めると、危機にさらされている子どもが多すぎてどこから手をつけていいか分からない。「社会の底が抜けている」と痛感する毎日だ。
今回の事件で子どもを預けた女性にどのような事情があったかは分からないが、社会の中で孤立している親は多い。ネットでベビーシッターを探したりはしなくても、子どもだけを家に置いて夜働きに行く母親もたくさんいる。
私自身もシングルマザーだが、私の場合は周りに「助けて」と言える環境を作ることができた。でも、支援を始めてみて「助けて」が言えない人がいることを知った。理由は、自分が親にネグレクト(育児放棄)されて育ち、子どもは自分で育つと思っている、一人で生きてきて大人にだまされ、人間を信用できないなどさまざまだ。そういう人に「どこにも相談もしないなんてバカみたい」なんて言えないと思った。
行政は多様化するライフスタイルに全く対応できていない。対応するのは大変なことだと思うが、ゆっくり構えていたら子どもも命がどんどん危なくなっていく。最近、母親が3人の子どもをネグレクトしている可能性があり、行政に相談したら「目の前に連れてくれば支援できる」と言われた。手をこまねいている間に子どもはどうなってしまうのか。行政の手が回らなければ、民間団体と協力する体制を作って対応してほしい。
今回の事件は、ただベビーシッターを使いやすくし、24時間保育所を作るだけでは解決しない。子育て中の親が、夜は子どもと一緒にいられ、病気をしたら休んでも生活していける社会環境を作ってほしい。それには公的資金を使って民間の企業や団体に補助金を出し、行政と一体となって子育てを支援していく環境を作る必要があると思う。
◇孤独な親の悲鳴を聞いて−−作家・内藤みかさん
シングルマザーとして高校生の息子と中学生の娘を育ててきました。仕事が深夜に及んだ時は泊まりのベビーシッターを利用し、多い時はシッター代が月10万円を超えたことも。私は見知らぬ相手に預けたことはないけれど、被害に遭った子の母親はそうせざるをえないほど追い詰められていたのではないか、男性シッターを選んだのは父親のいない息子に良かれと思ったからではないか……。そう思うと切なくてたまりません。
私もかつてネット上のマッチングサイトを利用しようとしました。相手に面談をドタキャンされ、サイト運営会社に「紹介後は自己責任で」と言われて不安になり、ネットで探すのはやめました。
当時に比べ、今は待機児童問題がもっと深刻。事件で利用されたサイト(現在は閉鎖中)には事件直後も「4月に職場復帰するのに預け先が見つからない」と悲鳴のような書き込みが並んでいました。認可保育園に入るため、ベビーシッターに預けて働いた実績を作る人もいるんです。
「全国保育サービス協会の加盟社など信頼できる事業者に預けるべし」は正論。でもしっかりした会社は値段も高く、男児2人を泊まりで預けたら一晩で7万〜8万円かかる。お金を払えない親はどこに預けろというんですか。
被害者の母親を「やはりシングルか」「仕事ではない理由で預けたのでは」と批判する声を聞きました。「離婚するのはわがまま」という偏見を感じます。私を含め、夫の暴力から子を守るために離婚した人も多いのに。
日本は「24時間母親であれ」というプレッシャーが強く、託児への理解が少ない。でもシングルの子育ては孤独に陥りがちで、時には子供と離れてリフレッシュしないと苦しく、虐待につながりかねません。私自身、あえて夜に遊びに行くため預けたこともある。それで救われたから子育てを乗り切れた。そんな心境を思いやってほしい。
◇社会保障の課題、凝縮した事件−−ニッセイ基礎研究所主任研究員・土堤内昭雄さん
子どもの年齢や状況によって、必要な時に休みが確保できるワーク・ライフ・バランスが取れた仕事があれば、今回の事件は生じなかっただろう。日本の社会保障制度の多くの課題が盛り込まれた事件であるように思う。
一般的に子育て支援サービスは、保育所のような行政による公的な制度がほとんどだ。しかし、働き方やライフスタイルが多様化する中で、実際は深夜保育のように行政サービスではカバーできない子育てニーズが増え、それをベビーシッターのようなインフォーマルなサービスが埋めている。昔は家族や親族、地域がその担い手であり、顔が見えていたが、親族や地域のつながりが希薄になり、担い手がいなくなった。顔の見えないネット社会では、インフォーマルなサービスを担う人の質やサービスの信頼性を担保する必要がある。
もちろん優良なサービスにはお金がかかり、今回のように、経済的に苦しいシングルマザーや非正規雇用の人の利用は難しい。国は多様な働き方や生き方に合わせて、個人の経済状況にかかわらず、公的な援助を強化しなくてはならない。
加害者、被害者の双方の状況からは、若者の貧困問題も垣間みられる。これまで日本の社会保障制度は高齢者の保障に重点が置かれてきた。国内総生産(GDP)に対して教育や子育て支援、雇用対策など若者支援に投入されている税金は経済協力開発機構(OECD)諸国の中でもかなり低い。少子化解消のためにも、若者の雇用を安定させることが大事だ。
一方、子どもは親を選べない。全ての子どもが健やかに育つ権利を、社会は保障する必要がある。本来「子ども・子育て支援」は、子育てする親を支援すると同時に、子ども自身を支援することだ。親の利便性も大事だが、子どもの成育環境の向上を図ることを、行政も企業も親も真剣に考えることが重要だろう。
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■人物略歴
◇とくまる・ゆきこ
1970年生まれ。英国留学を経て、2003〜12年国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」スタッフ。13年に同アクショングループ設立。
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■人物略歴
◇ないとう・みか
1971年生まれ。「いじわるペニス」(2004年)で「ケータイ小説の女王」と注目される。小説「男おいらん」を27日に出版する。
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■人物略歴
◇どてうち・あきお
1953年生まれ。少子高齢化問題などが専門。厚生労働省社会保障審議会児童部会委員。2児を育てたシングルファーザー。